グラフィックで見る坂本勇人の守備範囲
エラーの少ない選手すなわち守備の名手、ではない、ということが最近の研究によって明らかになりつつあります。Baseball LABでも過去に何度か紹介しているUZR(Ultimate Zone Rating)などによって選手のディフェンスに関する能力を数値化することが可能になり、従来の守備率や印象値では見いだすことの難しかった選手に正当な評価を下す機会が生まれています。
UZRとは「守備範囲」、「失策」、「併殺奪取」(※内野手)、「肩」(※外野手)の4項目を数値化して合計した総合守備指標で、フィールドをゾーンに区切ってポジションごとに打球処理能力を評価する点に新しさがあります。同じポジションの平均的な選手に比べてどれだけ失点阻止に貢献したか、あるいはできなかったかという形で評価を行います。
本稿の主役となる巨人の坂本勇人は、ここ数年間でリーグのベスト遊撃手と言って良いUZRの成績を残しています。特に2015年は、リーグの平均的な遊撃手に比べて20点以上も失点を防いでいたという評価を得ています。同年のゴールデン・グラブ賞の投票では阪神の鳥谷敬(104票)に僅差(坂本/91票)で敗れましたが、目に見えにくいところでチームに大きな貢献を果たしていることは間違いありません。
坂本の高いUZRを支えているのは広い守備範囲です。2015年のUZR26.3のうち20.6ポイントをカバーリング能力で生み出しています。20.6ポイントという数字を見てもいまひとつピンとこないかもしれませんが、過去5年間のセ・リーグ遊撃手で守備範囲によって10ポイント以上の数字を残したのは延べ5人で、うち4人が坂本本人の記録という事実をお伝えすれば十分でしょうか(20.6ポイントは過去5年でベスト)。
実際に坂本が打球を処理している位置をプロットすると、上図のようになります(「ヒットにならなかった結果球」を対象)。このフォーマットはUZRのデータ取得及び集計に用いるもので、1~4は本塁からの距離、C~Xは三塁線から一塁線までの左右の距離を示しています。今回は遊撃手の守備範囲をテーマとしているために距離4までしか表示していませんが、正式なフォーマットでは外野フェンスに達する8まで存在します。
遊撃手の定位置付近で数多くの打球を処理しているのは当然ですが、円状に定位置から距離のある打球を処理している様がうかがえます。投手マウンド付近のプロットは前進守備による結果となっています。
もう少し分かりやすく見るために、遊撃手が主にカバーすべきであると考えられる「距離3」、「F~M」のゾーンにおける「ゴロ打球」に絞ってデータを抽出します。また、ゾーンを通過して外野まで抜けていったゴロ安打の打球もカウントし、当該ゾーン通過時に「ヒットにさせなかった割合」を表現しています。
定位置付近(I、J)では100%近い確率で処理を行い、そのポイントから離れるに従って数字が落ちていくのは坂本もリーグ平均も同じ傾向です。ただし坂本はいずれのゾーンでも平均を上回っていて、穴とみられるゾーンはありません。打者やシチュエーションによって一定の傾向はあるにせよ、打球がどこへ飛んでくるかを完璧に予測するのは難しいため、どこに飛んできても平均より高い確率で処理できるのは坂本の強みと考えられます。
さらに距離3のゴロ打球を強度別にA、B、Cの三段階に分解して傾向を観察します。強度Aは真芯で捉えた打球、強度Cは定位置から前進して捕球した程度の強さの打球、強度Bはその中間の打球と考えてください。それぞれの打球の割合はA:B:C=1:7:2のイメージです。
一般的に強度Aの打球は、定位置から少し外れるだけで処理できる確率が大きく下がります(ヒットになりやすい)。さすがの坂本でもこれを処理するのは困難ですが、それでもGのゾーンを除いて平均より高い確率で処理できています。また、最も数の多いBの打球、またCの打球でもいずれのゾーンもほぼ平均以上の数字を残しています。打球の強弱やゾーンに関わらず安定感を持ってヒットを阻止することで、坂本は優れたUZRを実現していたということになります。
ここまでゾーン別の打球処理割合を中心に坂本の守備範囲を見てきました。UZRはこうした打球ひとつひとつの処理を得点(=失点阻止)に変換することで、年間でα点分の阻止に成功した、という形で出力されます。例えば走者を一塁に置いた際に距離3・Mゾーンで打球強度Bのゴロを処理すればβ点分の価値があり、ヒットにしてしまうとγ点のマイナスを生む、など。ゾーンごとにこれらの打球の「価値」を積み上げることで、平均に対してどこのゾーンでプラスを生み、マイナスを生んでしまったのかを可視化することができます。
ここまで触れてきた通り、坂本はあらゆるゾーンで安定してプラスを生み出しています。定位置から外れた三遊間寄りや二遊間寄りは相対的にヒットにつながりやすいため、このゾーンの打球を的確に処理できるとプラスにつながりやすく、坂本の“得点源”となっています。
比較例として挙げた田中広輔は、二塁ベース後方では坂本以上のプラスを生んでいますが、定位置付近では平均以下の数字にとどまっていて、この辺りの確実性が今後に向けた田中の課題のひとつとなりそうです。
現在3年連続ゴールデン・グラブ賞を獲得している鳥谷敬は、残念ながら数字の落ち込みが目立つ結果となりました。特に三遊間寄りのマイナスが大きく、深い当たりをさばききれていない姿が浮き彫りとなってしまいました。
現状のUZRは各守備位置の野手がどういったポジショニングを取っていたか、という情報を加味できていないという課題があり、得点化に関するロジックも微調整を続けている段階にあります。いまだ成熟した指標ではない一方、今回取り上げた坂本のように定量的でフェアな選手評価につながる可能性を強く秘めている指標でもあります。それがゴールデン・グラブ賞のように公的な評価につながるかはまた異なる問題となりますが、こうした観点による発信を続けていくことで新たな視点の提供につながれば幸いです。