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コラム COLUMN

得点力を見る上で「打率」は価値のない指標なのか?

田中 秀典

最もメジャーな打者指標ともいえる「打率」

 打者の成績を見る上で最もメジャーな指標といえば打率だろう。式はいうまでもなく安打÷打数である。今もなお打撃成績一覧では打率の良い選手からランキングされており、慣れ親しんだ指標であることは間違いない。しかし、ここ最近ではOPS(On-base plus slugging:出塁率+長打率)が注目され、その要素となっている出塁率、長打率にもスポットが当たってきている。打率、出塁率、長打率の式構成を見ると、打率では補えていない点が2点ある。


打率では補えない要素

 少々分かりやすくするために、表1-1、1-2では乱暴であるが極端な例を用いた。

【1】は出塁率と打率の比較である。同じ打席数で同じ打率だが、出塁回数はB選手の方が75回も多い。この点が打率では分からない。

【2】は長打率と打率の比較である。打率は同じだが、A選手はすべて単打のため、長打では大きな差があり、この点が打率では分からない。

 当然のことでもあるが、同じ打席と打率であれば四球を選んでいる方が出塁に貢献し、同じ安打数でも走者が生還しやすい長打の割合の高い方が得点に貢献しているのは想像に難しくない。それゆえに時に「打率は価値がない」というのも目にすることがある。

 よって、出塁と長打で構成されるOPSは得点相関が強いこともあり、簡易的に得点力を測れることからより活用され、日本でも定着してきたといえよう。さらにOPSは出塁と長打の価値が等価のため、最適化としてNPB版の「1.57×出塁率+長打率」の考案や(『勝てる野球の統計学 セイバーメトリクス』 P29参照)、最近はより打者の得点力を測る指標として、各プレー結果に得点の重みをつけた出塁率としてwOBA(weighted On-Base Average)の考案もあり(日本版wOBAは2004~2013年のデータから算出。『勝てる野球の統計学 セイバーメトリクス』 P38参照)、得点力という意味では打率の式構造を考えると、確かにあまり価値がないようにも見えてしまう。ただ、本当に価値がないかを探っていきたい。


得点環境を大きく2つに分類

図2:年度別平均得点推移

 まず得点との相関を見る上でNPBの年度ごとの平均得点推移(図2)を見る必要がある。大体同じであれば良いのだが、2011、2012年の統一球に代表されるように、環境によって平均得点は大きく変わってしまう。そこで、平均得点4点をひとつのライン(赤点線)にして、それ以下の年が圧倒的に多い1950~1975年と、4点が下限に近い1976年以降という2つに分類(赤実線)した。2011、2012年については統一球の影響でかなり得点環境が異なるが、便宜上1976年以降に含んでいる。

チーム平均得点との相関

図3:1950~1975年のチーム平均得点とチーム打率の散布図

 各指標が得点に与える影響を見るには、チーム平均得点とチームの各指標との相関を見る必要がある。図3は1950~1975年の各チーム平均得点とチーム打率の散布図である。線が左下から右上に伸びており、この相関係数は0.900と高く、正の相関があると見られる。(完全に当てはまれば1となり、0に近いほど相関が弱くなる)同様に、1950~1975年の平均得点を軸に、打率のほか、出塁率、長打率、OPS、調整版OPS(1.57×出塁率+長打率)で比較し、さらに1976年以降の平均得点で同様の5つの指標で相関係数を求めた。

各指標の平均得点との相関

 まず、そもそもどれも相関としては十分な数値であることは確かである。その中でさらに比較していくと、平均得点は1950~1975年(以下(1))、1976年以降(以下(2))ともにOPSや調整版OPSとの相関が強い。OPSが各選手の得点力評価を見る上で用いられる点はこれにある。チームOPSを構成しているのは、各選手たちだ。よって、選手の得点力評価として当てはめることができ、選手のOPSが高ければチーム得点への影響も強く、OPSが高い選手は得点力が高いと見ることができる。

 ただ、打率、出塁率、長打率ではやや内容が異なる。(1)では打率が長打率以上の相関があった。ここで打率と長打率の式の構造を考えてみたい。

  打率:安打÷打数
長打率:塁打÷打数

 異なる要素は分子安打と塁打である。表の通りAB/HRにおいては、(1)が約46打数に1本だったのに対し、(2)は約34打数に1本。IsoPも(1)が.116に対し、(2)が.140となっている。IsoPが小さくなるということは、塁打が小さくなり、塁打が小さいということは安打のうち単打の占める割合が大きくなっていることを示す。冒頭の表1-2【2】の例の通り、式の構成上すべて単打だと打率も長打率も同じ数値になる指標である。
 すなわち長打が出にくい環境であれば、単打の占める割合が増え、長打率との差も小さくなる。そのため、冒頭で触れた「打率は長打の部分がわからない」という影響も小さくなり、得点との相関係数が0.900と示すように、得点力を見る上では十分な指標になる。
 
 ただし、単打より長打の方が得点への影響は強いことは明白なため、(2)のここ30年のような長打がでる環境(2011年、2012年は例外)であれば、(1)の時代より長打率の影響は高くなり、打率は長打率に比べ相関ではかなり見劣りする。やはり現代野球においては、長打率の方がより得点力を見る上では優れているといえるのは間違いない。

指標の測定範囲を見極める

 実は今回の目的は打率に焦点を当て、打率の価値だけを測りたいのではなく、指標の扱い方に触れるために打率を例に出した。打者の得点力を測るのであれば、OPSやwOBAが主流になってきている。「より正確に測る」という点ではwOBAの方が構造的に優れており、同じ土俵に打率を上げるのは無理がある。

 しかし、「より正確に測る」から「大まかに測る」という点ではどうだろうか。1976年以降も平均得点と打率の相関係数は0.798と、「得点力を見る上で価値がない」というほど相関が弱くもない。式も簡単だ。さらに、大まかに測れるからこそ、本塁打、四球、出塁率、長打率などと合わせてみて「こういう選手か」と総合判断の一部としても十分活用できる。常にそのように見ている方にとっては「当然のことだ」と思われるだろう。このように「複雑だが正確に測れる」のも「容易に抽出でき、大まかに測れる」のも特性であり、どちらが優れているかは何に重きを置くかがで変わってくる。得点力の正確性でいえば、やはり打率が勝る余地はない。

 というのも、最近はセイバーメトリクスの普及でいろいろな指標の出現により、目新しさもあってか、時に「この指標はこの部分が見られないから欠陥である」とされることもある。しかし、ここまで打率を例に述べた通り、指標ごと測定できない範囲が大なり小なりあるのは当然である。いうなれば、ほとんど見えなかったものが指標で70見えたとしても、残りの30が見えないからダメだというように、指標単体に完全無欠を求めるのでなく、「この指標はどの部分まで測れ、どの程度まで言及することができる指標か」というのを見極めた上で、単体で見たり、総合的な一部で見たり、測定できない部分は評価しないなどの判断が重要である。それは、今回挙げた打率だけでなく、その他打撃指標、投手指標、守備指標とすべてに当てはまる。そういった意味ではきちんと理解し、見極め、判断することはとても難しいことである。そして、われわれもより深く理解していかなければならない。