両打ちの利点とは?スイッチヒッターに迫る
スイッチヒッターの歴史
そもそも最初のスイッチヒッターは誰なのでしょうか?記録が明確ではないため詳細は不明ですが、戦前の選手では3人が両打ちの登録となっていました。一人は阪急、阪神で外野手として活躍した堀尾文人。“ジミー堀尾”の愛称で呼ばれたハワイ出身の日系選手です。さらに中日などでプレーした鈴木秀雄、阪急でプレーし戦後に国鉄でレギュラーを務めた中村栄がいました。
戦前はわずか3人だけだった両打ちのプレーヤーですが、ある選手の登場をきっかけにその数を増やします。それが巨人の柴田勲です。
2000安打を達成した史上初のスイッチヒッター
高校時代に、甲子園で夏春連覇を達成した法政二高のエースとして入団した柴田。しかしプロでは1勝も挙げられず、内野手に。さらに外野にコンバートされると、今度は川上監督からスイッチヒッターへの転向を言い渡されました。
右打者だった柴田は左打席に苦しみながらも、通算2018安打を積み重ねました。NPBだけで2000本のヒットを放ったのはここまで史上唯一です。
俊足の日本人、強打の助っ人
この柴田をきっかけに多くの日本人スイッチヒッターが生まれていくわけですが、彼らには「俊足」という共通点があります。歴代の両打ち選手で通算100盗塁以上の選手は17人。そして13人が盗塁王のタイトルに輝いているほどです。
一方で助っ人として来日するスイッチヒッターは俊足というよりは、強打者が目立ちます。両打ちの日本人で本塁打王に輝いた選手は皆無ですが、助っ人ではデストラーデ(3度)、ホージー、セギノールがいます。通算の長打率を見ても、上位は助っ人ばかりで、ベスト10に入った日本人は松井、松永の2人だけでした。
スイッチヒッターのメリットは?
そもそも両打ちの利点は何でしょうか。一つは足の速い右打者が、一塁に近い左打席に入ることで、内野安打を狙えるようになる点です。前述の柴田や、広島・巨人で活躍を見せた木村拓也、ウエスタンの盗塁記録を持つ福地寿樹など、プロ入り後に左打席に挑戦した選手も多くいます。
そしてもう一つの利点が、「逃げるボール」との対戦が減ることです。ここでは右投手に対しての打席を例に説明します。
最近10年の傾向を見ると、右投手が右打者に対して最も多く投げているコースは外角。そしてその外角に投じられた球種の内、4割ほどがスライダー、カットボールなどの曲がる系のボールでした。打率を見ても外角の変化球は最も低くなっており、このゾーンに手を焼く打者が多いことがうかがえます。
これが左打者に対すると、最も多く投げているコースが外角であることは一緒ですが、球種の中身は異なっています。シュート、ツーシームといった外に逃げるボールは1割ほどでした。打率で見ても低いのは内角の方で、最も多く投げられている外角は右打者ほどは苦労してないようです。
この傾向は左投手でも同様です。逃げるボールと対戦しないことが、スイッチヒッターのメリットといえるでしょう。
史上最高のスイッチヒッター
最後に、スイッチに転向して一気に才能が開花した選手を取り上げます。
それは現在楽天でプレーしている松井稼頭央です。松井は西武時代の1995年オフに、右打ちから両打ちへ挑戦します。同年は左投手に対して3割近い打率を残していましたが、右投手には1割台の成績でした。それが翌年は.281までに向上。一気にレギュラー定着を果たします。その後メジャーへ挑戦するまでの7年間で、左右投手どちらに対しても打率3割を打ったのが実に6度と、高いバランスを見せています。さらに2002年には両打ちの日本人選手で初のシーズン30本塁打、そしてトリプルスリーを達成しました。
NPB復帰後はさすがにかつてほどの高打率ではないですが、一軍デビュー1年目に味わった「打率1割台」は一度もありません。
そんな松井もいよいよ柴田に次ぐスイッチヒッター2人目の通算2000安打が見えてきました。途中渡米したことで分かりにくいですが、このペースで2000本に到達すれば、NPBでの記録では歴代6位のハイペースで達成することとなります。シーズン打率3割が一度もなく、5番目のスロー記録だった柴田とは対照的といえるでしょう。
ヒットの多さはもちろん、通算長打率でも両打ちでは日本人トップの松井。盗塁王獲得の経験もあり、打って良し、走って良し、パワーも良し。これまでの概念を覆す活躍を見せてくれた松井がやはり、日本人史上最高のスイッチヒッターと呼べるのではないでしょうか。