誰がレッドソックスの貯金“54”を生み出したのか
WPAの欠点
野球の世界において、選手がどれだけチームに貢献しているかを測るのは難しいテーマのひとつだ。しかし、選手のシーズンにおける評価や年俸査定には必要になってくるため、さまざまな指標が考案されてきた。この中のひとつが「WPA(Win Probability Added)」だ。
WPAとは、各選手がチームの勝利にどれだけ貢献したかを表す指標である。各プレーの前後のシチュエーション(イニング・点差・アウトカウント・塁状況)から、チームが勝利する確率を求め、選手がプレーによってどれだけその確率を変動させたかで貢献度を評価する。投手と野手、さらには先発投手とリリーフ投手をも同じ指標で評価できる。
例えば下図のように、現時点で勝利確率が0.1であった状況から逆転サヨナラ満塁ホームランを放った場合、その選手は勝利確率を0.1から1に上げたとして+0.9の評価を得る。同じひとつのアウトでもピンチを切り抜けたアウトは大きく評価され、同じヒットでも試合を決めた一打は大きく評価される。そのため、クローザーや代打が重要な局面で残した結果を評価できる点が特徴だ。また、WPA値を2倍することでチームにもたらした貯金に置き換えられることも知られている。
一方で従来のWPAは
①打撃成績や投手成績に対する守備の影響
②野手の守備面での評価
を考慮できていないという欠点がある。
例えば二塁打になった打球があったとして、その打球を処理した守備者が適切なプレーをしていれば単打に抑えられたかもしれず、この差分を守備者の貢献として評価したいところだが、それができていない。これは打球を放った打者、打たれた投手にもあてはまることで、守備者の貢献が打者と投手の評価に含まれて計算されている。この守備による貢献を考慮したWPAで、選手およびチームを評価するのが本稿の試みである。
野手の守備を評価する際に最も用いられている指標のひとつが「UZR(Ultimate Zone Rating)」だろう。ある打球に対し、その打球の処理において平均的な野手に比べてどれだけ失点を防いだかを表す指標である。近年はトラッキングデータの普及により、どのような速度・方向の打球に対して野手たちがどんな処理をしたのかをより詳細に知ることができるようになってきた。
また打撃や投球に対する守備の影響を除いた指標に「Hit Probability」と呼ばれるものがある。打球速度と打球角度に基づいてヒットとなる確率を算出した指標で、MLBの中継中に表示されることもある。
xWPAの提案
そこで、WPAにUZRやHit Probabilityなどの概念を組み合わせた「xWPA」を提案する。xWPAの算出は打球の速度・上下角度・左右方向に基づいて、天気予報のように過去の似た状況から、その打球・カウント塁状況での平均的結果を予測する。この予測に基づいて打者・投手を評価し、その平均的結果と実際の結果を比較して守備者の評価をおこなう。
2018シーズンのMLB選手を対象にxWPAを算出し、その上位者を示したものが以下の図である。アメリカン・リーグのシーズンMVPに輝いたM.ベッツが7.3と一番高く、チームに7.3の2倍である14.6もの貯金を生み出している。またベッツは守備だけでも3.4ほどの貯金を稼いでいることが分かる。上位には野手のほか、ナショナル・リーグのサイヤング賞投手であるJ.デグロムなどの先発や、B.トライネンのようなリリーフ投手などが評価されている。
以下で算出過程をより詳細に説明していくが、xWPAの評価は打球が発生した場合、
1. 投手は打たれた打球性質に対してのみ責任を負う
2. 打者は放った打球性質に対してのみ評価をおこなう
3. 放たれた打球性質に対する守備者の評価をおこない、野手の評価に加える
これらの要素を組み込むことにより、従来のWPAで曖昧だった選手の貢献を明確にし、誰がどれだけ貯金を生み出したか・あるいは消費したかをより詳細に分析できるようになる。
xWPAへの拡張
Baseball Savant(注1)にて提供されているトラッキングデータより得られた膨大な打球データから、性質の似た過去の打球結果に基づいてそれぞれの打球の結果を予測する手法を考案した。ここでは一例として【8回表 ホームチーム1点リード 1死 一二塁】の場面で、打者が【速度60mph 鉛直角度30° 水平角度5°】の打球を打った状況を考える。
そして下の表は、この打球によって起こりうる状況と確率を示したものである。9%で単打1打点、 10%で二塁打1打点、 31%で単打、51%で凡打(進塁なし)となると予測される。また以下の2つ目の表では、その打球を平均してどのポジションの野手が第1捕球者としてアウトにしているかを示している。
ここからは各選手の試合貢献への評価をおこなっていく。打席前のホームチーム、つまり投手側の勝利確率は【8回表 1点リード 1死 一二塁】の場面では0.664であり、この打球によって51%で0.766に、31%で0.563に、9%で0.430 、10%で0.349に分岐する。これらの結果を平均すると勝利確率は0.639に減少するため、投手は平均して勝利確率を0.025下げるような打球を打たれた、つまり勝利確率変化が-0.025のピッチングをしたといえる。また逆に打者目線では、平均して勝利確率を0.025押し上げる打球を打った、つまり勝利確率変化が+0.025のバッティングをしたと捉えられる。
今回の検証では、この時点で投手と打者の評価を終えており、ここからは守備を評価する。前述と同じ平均して勝利確率が0.639となる打球に対して、打球処理の結果【二飛(2死 一二塁)】となった場合を考える。2死一二塁の勝利確率は0.766なので、二塁手は守備によってチームの勝利確率を0.127上昇させたと評価される。
一方で【中安打(打点1)】となった場合の勝利確率は0.430となり、平均的な結果と比較して勝利確率が0.209下がる。この-0.209を打球を取れる可能性のあった二塁手と遊撃手とで、各捕球確率に基づいて責任を割り振る。このようにして打球に対する守備者の評価をおこなった。
また、三振や四死球、本塁打などの守備選手が関わらない結果に対しては、その結果に基づいて投手と打者に対してのみ評価した。本来は本塁打も打球評価をおこなうべきだが、その場合は球場の形状を考慮する必要がある。
レッドソックスの本拠地・フェンウェイパークの名物であるグリーンモンスターが代表的な例で、他の球場なら本塁打の打球もこの壁に阻まれるケースが散見される。この問題を解決するには30球団の本拠地ごとに打球評価を分ける必要があるが、細分化によって予測に用いる打球のサンプル数が大幅に減ってしまうため、予測の精度が著しく落ちる。よって今回はホームランについては打球の評価をおこなわないものとした。
チームにもたらした貯金という視点
これらの値を集計することで、2018年シーズンのMLB各選手のxWPAを算出した。チームごとに集計したxWPAを2倍した値と実際の貯金と比較したものが以下の図で、実際の貯金とほぼ一致していることが分かる。
また、今シーズン108勝(貯金54)を挙げたレッドソックスの各選手のxWPA値と、その内訳を示したものが以下の図である。グラフでは打撃・投球・守備に関して値が正の場合は上側に、負の場合は下側に表している。
2018年のレッドソックスは、M.ベッツとJ.D.マルティネスの2選手が貯金54のうち、およそ半分の26.7もの貯金を生み出したことが分かる。この2選手の内訳を見ると、打撃ではマルティネスがベッツ以上の貢献を見せた一方、ベッツは守備でもチームトップの貢献をしていて、この点が両者の差となった。他方、守備ではチームの貯金に貢献していても打撃で帳消しにしているJ.ブラッドリーJr.のような選手も存在した。
今後の可能性
ここまでxWPAという独自指標について紹介してきたが、その精度に関する課題はまだ多く残されている。影響の大きそうな具体例を挙げると
①捕手の守備貢献の評価
②走塁面の評価
で、理由は以下に挙げられる。
①Baseball Savantから取得したデータには被盗塁、暴投、捕逸などの項目がなく、捕手の守備評価は、現状打球処理のみに限られている
②走塁面に関しても、データからすべてのランナーの動きを抽出できないため、評価できていない
もちろんWPA自体の特徴として、本人のパフォーマンスに加え試合状況が大きく関わってくるが、試合状況などは本人の能力だけでどうにかできるものではない。そのためWPAは選手の能力を測る指標というよりは選手の「チーム勝利に対する寄与度」を測る指標である、ということは再認識しておく必要がある。
その一方で課題を克服していくことができれば、従来の指標では困難であった、打撃・投球・守備を同じテーブルで比較することを可能とし、かつチームに生み出した貯金を測ることができる点でxWPAという指標は有用なのではないだろうか。また、xWPAに限らずトラッキングデータを活用することにより従来の指標を拡張し、今まで曖昧だった要素をより詳細に分析することが可能になってくるだろう。
注1
Baseball Savant
https://baseballsavant.mlb.com