意外と奥が深い、牽制球のスカウティング
対戦相手の情報を収集し、分析することを「スカウティング」と言います。「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉もありますが、いかに相手のことを知っているかが、勝負の行方を左右することもあるのです。
「牽制球に気をつけろ」
国際大会など、初めて見る投手と対戦する際に注意しなくてはいけないプレーのひとつが、牽制球です。競技経験者の方はよくご存知だと思いますが、牽制球の動作にはいろいろと種類があり、相手投手がどんな動きで牽制をしてくるのかが分からないと、なかなか思いきった走塁をしづらいものです。特に、左投手はホームへの投球と牽制球の判別が難しい場合が多く、初見の相手に対してリードを大きく取ったり、盗塁を仕掛けたりするのは、相当なリスクを伴う行為と言えるでしょう。牽制球の動作や傾向をあらかじめ把握しておくことは、チームが適切な攻撃を行う上でとても意味のあることなのです。
そこで、今回はNPBの投手たちの牽制球についてデータを見ていきたいと思います。牽制がうまい投手は一体誰で、彼らの牽制にはどのような特徴があるのでしょうか。
中日・八木や巨人・高木勇の牽制技術の高さ
早速、2015年シーズンに牽制で多くのアウトを奪った投手を確認してみましょう。牽制回数40以上の投手を対象に、アウト率(牽制アウト数÷牽制回数)が高い上位15名の名前を並べてみました。
このデータを見る限り、八木智哉(中日)は現在のNPBで最も牽制技術に優れた投手のひとりであると言えます。左投手の八木は、牽制42回に対して4個のアウトを奪っていました。つまり、約10回に1回のペースで走者をアウトにしていたということです。彼がマウンドにいる際は、走者はその牽制に対して細心の注意を払う必要があるでしょう。
右投手で最もアウト率が高いのは高木勇人(巨人)でした。アマチュア時代から牽制やクイックの技術には定評がありましたが、プロでもその強みは大いに発揮されているようです。ちなみに、4個のアウトのうち1個は、二塁への牽制によるものでした。
もっとも、牽制球自体、1シーズンではそこまで数が多いものではありませんし、牽制による走者のアウトは“交通事故”的なケースもしばしば見られますので、あまりアウト率の数値や順位にとらわれすぎるのは良くないでしょう。ただし、少なくともここに名前が出ている投手たちが「牽制がうまい部類の投手」であることは確かです。
では、この「牽制がうまい部類の投手」たちはどのようにして牽制で走者をアウトにしているのでしょうか。
しつこいタイプと、単発で仕留めるタイプ
まず見るべき点として、そもそもどのくらいの頻度で牽制球を投げているのか、というのがあります。牽制で多くのアウトを奪っている投手は往々にして、自らの牽制技術に自信を持っていると考えられますが、その武器を頻繁に使ってくるかどうかは個人によって異なるのです。
先ほどの15投手を対象に、牽制1回に対してホームへの投球数(走者あり時)がどのくらいあるかを求めてみました。数値が小さいほど、牽制球を投げる頻度が高いことを示しています。これを見ると、例えば十亀剣(西武)と西勇輝(オリックス)では、牽制の頻度がだいぶ違うことが分かります。十亀が15.7球に1回のペースで牽制球を投げているのに対し、西は8.5球に1回のペースと非常に積極的です。「牽制がうまい右投手」という共通点を持ちながら、その武器をどう使うかに関しては、それぞれ異なるスタイルがあるようです。
また、牽制ペースをボールカウント別で見たり、連続での牽制がどのくらいあるのかを見ることでも分かることがあります。例えば、野上亮磨(西武)は初球がボールと判定されると、1ストライクを取るまでは牽制ペースが61.0球に1回と極めて低くなることや、能見篤史(阪神)の牽制はほとんどが単発で終わり、連続で投げてくるしつこさはないこと、などです。こうした情報を整理していくと、おのずと各投手の牽制の傾向が見えてきて、チームの攻撃に生かしやすくなります。
西が得意とする「セット前」の牽制
次は牽制の動作について情報を整理したいと思います。どのような動きで牽制球を投げるのか、最も肝心な部分と言えるかもしれません。こればかりは、そう簡単にデータで表現できるものではないのですが、以下のように牽制動作を分類してみることにしました。なお、ここでは一塁への牽制球に話を絞っています。
- リターン…右投手の基本的な一塁への牽制動作。右足を軸に体を反転させて投げる。
- 足上げ…左投手の基本的な一塁への牽制動作。右足を一塁方向に踏み出して投げる。
- クイック…走者をアウトにする狙いで、右投手はリターン、左投手は足上げの動作を素早く行う。
- スナップ…左投手が軸足をプレートから外し、右足を踏み出さずにスナップを使って投げる。
- セット前…セットポジションに入る前、もしくは完全に静止しないうちに投げる。
この5種類(右投手は3種類、左投手は4種類)を基準に、各投手の牽制動作を記録していくと、下のマトリクス表のようなものができあがります。
「これを見れば一目瞭然」とまではいきませんが、各投手がどのような牽制動作を得意としているかが何となく分かるかと思います。西はクイックでのリターン牽制だけでなくセットに入る前の牽制を多用するタイプで、最近ではスポーツ番組で特集が組まれるほど、牽制のうまさに注目が集まるようになりました。また、15投手の中でスナップスローによる牽制を使うのはジョンソン(広島)だけでした。外国人選手が得意としそうな動作だけに、国際大会ではよく見かけますが、確かにNPBではあまり見る機会がないかもしれません。
このように、牽制の動作に関する情報をマトリクス表のような形でまとめておくと、各投手がどのような種類の牽制を持っているのかをひと目で簡易的に把握することができます。
主観的な視点も必要
もちろん、牽制動作の分析に関しては、本来であれば映像などを用いて説明する必要があります。ひと口に「足上げの牽制が得意」などと言っても、具体的にどのような足の上げ方をするのか、セットに入ってからボールを持ち続ける時間がどのくらいあるのか、首の動きはどうか、など知るべきことはたくさんあるからです。走者の位置からどう見えるかも重要なポイントです。
実際、八木の足上げのうまさは映像で見せなければなかなか伝わりませんし、高木勇人のリターンの速さも文章では説明しきれません。そのことを十分理解しつつ、ただし客観的なデータからでもある程度は見えてくることがある、というのが今回のレポートの主旨です。これに、目で見た“主観”を加えることで、いわゆる「スカウティング・レポート」が完成していきます。
最後に、過去10年間の牽制アウト率のデータをご覧いただきましょう。牽制回数200以上の投手を対象にしたものです。言うまでもなく、ここに名前が挙がっている投手たちは、牽制技術に何らかの強みを持った投手であると考えられます。そして、それは必ずしも、プロの目でないと分からないものばかりではありません。今後彼らの牽制を実際に見る機会があれば、ぜひその動作に注目してみましょう。たかが牽制、されど牽制――。意外と奥が深いのです。