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コラム COLUMN

筒香嘉智は“勝負強く”なったのか?

佐々木 浩哉

覚醒の兆し

 DeNA筒香嘉智が印象的な活躍を続けています。これまで大きな期待を受けながら殻を破れずにきましたが、5年目を迎えた今季、前半戦だけで自己最多本塁打(10本)を更新。打率も2割台後半をキープし、クリーンアップの一角としてチームの得点に大きな貢献を果たしています。中畑清監督も「覚醒し始めている」と称賛を贈るなど、強打者として本格化の兆しを見せています。


 筒香の飛躍の象徴として、このところよく取り上げられるのが得点圏における打率(得点圏打率)の高さです。打率は.444に達し、両リーグの規定打席到達者の中で堂々のトップ。チャンスで安打を量産する筒香の姿に、「勝負強さを身につけた」とする声も少なくないようです。

得点圏打率のとらえ方

 従来、得点圏打率はバッターの勝負強さを裏付ける数字として用いられてきました。チャンスでの打率というクリティカルな数字であるため直感的に理解しやすく、野球界で長きにわたって受け入れられてきた考え方です。「○○は得点圏打率が低いから勝負弱い」、「得点圏打率の高い○○を代打に送れ!」等々の声は馴染みこそあれ、違和感を持って迎えられることはほとんどありませんでした。

 

 ところが、近年はこの「得点圏打率で打者の勝負強さを説明する」発想を疑問視する声が上がっています。これは、野球の分析に統計的見地が取り込まれ始めた影響によるものです。実際にNPBのデータを用いて、検証してみましょう。

 上のグラフは、連続するシーズンの得点圏打率の関係を表したものです。例えば2008年に得点圏打率3割の成績を残した選手が、2009年にどれだけの得点圏打率を残していたか、という関わりを平面上にプロットしています。このデータを用いることで、「得点圏打率はシーズンをまたいでどれだけ関係しているのか?」「“勝負強さ”(あるいは勝負弱さ)は翌年も継続するのか?」ということを知ることができます。データは2008年から2013年のレギュラーシーズンの期間、2年連続で得点圏打数30以上の実績を残したのべ585名の打者をサンプルとしました。

 

 結論から言えば、連続する2つのシーズンの数字に関係を見いだすことはできませんでした。3割を超える得点圏打率を記録した打者が翌年1割台に沈むケースもあれば、反対の結果を示すケースも珍しくなかったのです。統計的に数字の関係性を示す、相関係数(※注1)は0.142つの数字の間にバラつきが大きく、ほとんど関係がない、とみなしてよい値でした。あるシーズンで残した得点圏打率が、次のシーズンで再現される可能性は限りなくランダムに近い、という事実を示唆しています。これらの原因のひとつとして、母数となる得点圏における打席機会の少なさが考えられます。得点圏の打席は多い打者でも年間150を超える程度で、偶然の入り込む余地が多分にあり、その影響を排除しにくいという背景があります。

「結果」と「能力」の違い

 データによる検証の結果、「得点圏打率が打者の勝負強さを評価する上で不十分な数字である」ということが分かりました。ただし以上の事実は、必ずしも“勝負強さ”という能力の存在を否定するものではありません。また、今季の筒香の活躍ぶりや、これまでチームにもたらしてきた貢献度の高さを否定するものでもありません。得点圏打率の高さは「チャンスの局面でより高い確率でヒットを打った」という結果を証明する数字であり、“勝負強さ”という能力を表す性質の指標ではない、ということです。野球の数字を見る上で「結果」と「能力」はよく混同されてしまいますが、事実の誤認を避けるためにも、これらを慎重に区別して取り扱う必要があります。

 能力を示す指標の一例として、ここで長打力を表す指標の例を挙げたいと思います。野球分析の統計的アプローチであるセイバーメトリクスにおいて、打者の長打力を表す指標としてポピュラーな存在となっているのがIsoP(※注2)です。得点圏打率のケースと同様に、2008年から2013年の期間においてのべ605名の打者を対象に、IsoPの年度間の相関を調べました。その結果、IsoPの連続する2年間の相関係数は0.68となりました。これは統計的に見て、2つの数字は強い関係を持っていると解釈できる値です。高いIsoPを記録した打者は次のシーズンも高い数字を残す可能性が高く、逆のケースも然り、となります。つまり、IsoPは打者の長打力を評価する上で、一定の説得力を持った指標であるとみなすことができます。

 筒香のIsoP7月末の時点でNPB4位。日本人の打者に限ればトップになります。タイトルの疑問に戻ると、現在の段階で筒香が“勝負強さ”を身に付けたか否かは分かりません。しかし筒香が国内でも屈指の長打力を有し、これからも長距離砲としての活躍が見込める、ということは数字の上から判断できると言えるでしょう。


※注1

相関係数

2つの変数がどれだけ相関をもっているのかを示す値。1に近づくほど相関が強く、0に近いほど関係が薄い。マイナスの値もとり、-1に近づくほど負の相関関係(片方が増えるほど、もう片方が減る)を持つ。

 

※注2

IsoP

計算式は「IsoP=長打率-打率」。記録した安打がすべて単打だった場合、値は0となる。2008年から13年のNPB平均は.120