モスコーソに学ぶ、横浜スタジアムとの上手な付き合い方
今シーズン、横浜DeNAベイスターズのギジェルモ・モスコーソに注目していた人は、正直、あまり多くないと思います。ですが、彼が今シーズン見せた投球は、なかなか興味深いものでした。横浜スタジアムという打者有利の環境に、フライボールピッチャーであるモスコーソは、なぜ適応できたのでしょうか。
意外と無視されがちな“環境”の問題
両翼94メートル、センター118メートル。
これは、横浜スタジアムが公表している球場の大きさのデータです。ある程度プロ野球の知識を持った人にとっては当たり前のことかもしれませんが、両翼、センターともにかなり狭く造られています。横浜スタジアムは、NPB12球団の本拠地の中で最もフィールドが狭い球場なのです。
フェンスまでの距離が短いと、当然本塁打は出やすくなります。球場の性質を数値化する指標“パークファクター”を見ても、やはり横浜スタジアムは本塁打が出やすい、という結果が表れていました。さらに、二塁打の出やすさが他球場に比べて突出していて、長打を浴びる可能性が高い球場だということが分かります。三振を取るのが苦手な投手や、ゴロを打たせるのが苦手な投手にとっては、過酷な環境と言えるでしょう。
このように、野球は球場によってフィールドの形状が異なる競技です。日本のプロ野球、とりわけセ・リーグでは、ナゴヤドームや甲子園が投手有利の球場、横浜スタジアムや神宮が打者有利の球場と位置づけられます。選手はプレーする球場の影響を受け、時に成績が悪くなったり、良くなったりします。
環境と投手体制のミスマッチ
モスコーソの話をする前に、まずDeNA投手陣の話をしましょう。横浜ベイスターズ時代の2010年ごろから、チームの投手陣のデータを見てみると、ある大きな問題が浮かび上がってきます。それは、ゴロ率の低さです。ゴロ率とは、投手が相手打者にゴロの打球を打たせた割合のことを指します。ヒットになったかアウトになったかは加味せず、純粋な打球の性質のみを評価します。
2011年から2013年にかけて、DeNAはこのゴロ率が3年連続でリーグ最低の数値を示していました。横浜スタジアムのように長打が出やすい環境下で、ゴロを打たせず、フライを多く打たれることは、火に油を注ぐような行為とも言えます。DeNAが長年、防御率リーグ最下位から抜け出せなかった要因のひとつはここにありました。
外国人補強、しかし……
そこへ入団してきたモスコーソは、当然ながら、不振が続くDeNA投手陣を救う戦力として期待されました。しかし、彼のMLB時代のデータは、日本での活躍に疑問符を投げかけるものでした。2011年に8勝を挙げた実績こそありましたが、5シーズン通算の“GO/AO”が0.43。ゴロアウトの数に対して、フライアウトの数が2倍以上もあったのです。それは、典型的なフライボールピッチャーであることを示す顕著なデータでした。
シーズンが開幕すると、案の定、モスコーソは多くのフライを打たれました。5月24日の登板を終えた時点でのゴロ率32.8%は、40イニング以上の投手の中で最低の数値でした。防御率は4.40で、被本塁打率が1.26。ただしこれも、チームが打者有利の横浜スタジアムを本拠地としていることや、モスコーソがフライボールピッチャーであることを踏まえれば、決して不思議な結果ではありませんでした。
状況を一変させた新球種の習得
しかし、モスコーソは投球にある変化を加えることで、見事にその状況を打開します。5月31日のロッテ戦で初めて、ツーシームを投じるのです。この日は5球程度しか投げず、テスト的な使い方でしたが、一度登録を抹消された後の6月21日西武戦では15球、7月12日ヤクルト戦では29球と、徐々に本格的にツーシームを投げるようになっていきました。
この新しい球種の習得が、モスコーソを安定したピッチングへと導きました。一般的に、ツーシームはゴロを打たせるのに有効な球種とされていますが、モスコーソが投げるそれも例外ではなく、次第にゴロ率が改善されていったのです。
これは、モスコーソのツーシーム投球割合と、ゴロ率の推移を示したグラフです。登板日ごとに、開幕からその日までの通算をプロットしています。これを見ると、ツーシームを投げ始めてから、ゴロ率がどんどん上がっているのが分かります。シーズンが終わった時点でのモスコーソのゴロ率は43.6%。実はこれでもNPB平均以下なのですが、ツーシームを投げる前のモスコーソとは、まるで別人のような数値になっていました。
報道によれば、このツーシームはファームにいる間に習得したボールのようです。習得に至る過程で、モスコーソ本人やそれを指導したコーチ陣がどのような効果を期待していたかは分かりませんが、結果的にはこれが大正解だったと言えるでしょう。ゴロ率を改善することが、モスコーソの活躍にとって最も優先されるべき課題だったからです。
ツーシームはゴロ率を上げる特効薬!?
今回の例のように、新たな球種を習得、または投げる割合を変えることによって、ゴロ率が改善された投手はモスコーソだけではありません。例えば広島の前田健太は、ツーシームを投げ始めたことでゴロ率が改善され、現在のような安定した投球ができるようになりました。
海の向こうで活躍する黒田博樹(ヤンキースから現在フリーエージェント)も、MLBに移籍してからツーシームを多投するようになり、ゴロを打たせて取る投球を確立。日本時代とは大きく異なるスタイルで成功を収めました。
モスコーソの場合、1シーズンの中でそれを実践してしまったところが驚きですが、ゴロ率と球種には強い関係性があるということを、あらためて私たちに示してくれました。ツーシームの他にも、フォークやチェンジアップはゴロを打たせる上で有効な球種であるとされています。
球場の特性と向き合うべきなのは……
横浜スタジアムは今後、拡張工事などが行われない限り、打者有利の球場であり続けます。そして、当然ながら選手はそれを変えることができません。だから、このような環境でプレーする選手は、“球場の特性とうまく付き合っていく”必要があると考えられます。ツーシーム習得後のモスコーソは、その好例と言えるでしょう。
でも、それ以上に重要なのは、チームを編成する側の球団が、“本拠地球場の特性とうまく付き合っていける選手”をピックアップし、獲得していくことかもしれません。モスコーソのように華麗な変身を遂げられる選手は、おそらく稀有なケースです。「地の利を生かす」という言葉もありますが、球場の特性を正しく理解し、それを味方につけるような選手構成や戦術を考えること。それもチームの重要な役割であると、モスコーソの投球を見てあらためて実感したシーズンでした。